さいきのその日暮らしラジオ
人の役に立ちたい、は嘘だったかもしれない
の放送
今回のラジオで、自分で喋りながら「あ、これ言っちゃったな」と思った話があります。たぶん今回の収録で一番深いところまで行った話なので、その一つだけ書きます。
僕はいま建設業の人たちを相手に仕事をしています。大工さんとか、現場の仕事は本当に上手なベテランの人たち。でも事務作業がまるごと苦手なんですよ。Excelが使えないとか、普通にあります。見積もりも、500万の案件を受注したけど経費が分からないままパンパン使って、終わってみたら経費が700万かかっていて、差し引き200万の赤字。しかもそれに気づくのが、一年経って決算のときに税理士から「今年の売上と利益はこれぐらいでした」と言われた瞬間、みたいなことが本当にあります。
ちゃんと仕事をしているのに豊かにならない。支出ばっかり増える。それを見ていて、ここは手助けできないかなと思って今の事業をやっています。
で、僕は自分で「本当に人の役に立つことがやりたい」と思ってこれを始めたつもりでいました。
10年ぐらい前、情報商材とかメールマーケティングを習ってやっていた時期があって、良かった時期はちゃんと良かったんです。メール1通送るだけで1日で200万入ってきたこともありました。沖縄旅行に行って、友達に「今日200万入ったんやで」って自慢したりもしました。20代の後半ですね。年収にならすと1300万から1400万ぐらいあったと思います。
でも、心の中ではずっと「これ続かないよな」と思っていました。200万入ったのは事実だけど、それが毎日続くわけじゃない。来年これが2倍、3倍になっている自分がまったくイメージできなかった。今は稼げてるけど、絶対やばいな、と。
それともう一つ、しんどかったのは見られ方でした。僕は詐欺をしていたつもりはまったくないんですけど、情報商材界隈の人って詐欺師に見えるじゃないですか。実際に詐欺師もいるし。やっていた本人が「いや僕は詐欺師じゃないんですよ」って言ったところで、「いやいや、お前同じ穴のむじなだろ」と思われる。それは今はもう受け入れています。でも当時は「俺は違う」「そう思われたくない」が強くて、怪しいっぽい仕事をしている自分が嫌で、どんどんやる気がなくなって、最後はできなくなってしまいました。
だから会社員に戻って、なんやかんやあって2回目の独立をしたときに、今度こそ本当に人の役に立つことがやりたいな、と思ったわけです。
そこまではきれいな話なんですよ。
でも、よく考え直してみたら、僕は人の役に立つことがしたかったんじゃなくて、「俺は役に立つ人間なんだよ」と思われたかっただけなんじゃないか、と思えてきたんですね。
結局、自分がどうありたいかという、自分中心の話じゃないかと。
僕はずっと「稼げたら何でもいい、みたいなダサい人間にはなりたくない」と思っていました。どうせやるなら人のためになることでお金を稼ぎたい、と。でもそのきれいごとの中身を剥いでみると、自分は賢い人間だと思われたい、自分は人より優秀だと思われたい、と同じ場所から出ている気がしたんです。自分には価値があると人にも思われたいし、自分でもそう思いたい。その裏付けとして「人の役に立ちたい」と言っていた。
20代の頃の僕も「家族のために」「困っている人を助けるために何かしたいんです」みたいなことを言っていました。今の僕は、あれは嘘だったなと思っています。
そもそも自分が潤っていないと、人を助けるなんてできないんですよ。自分が助けられる側ぐらいの弱い立場だったら、人を助けることはできない。これは本気でそう思っています。だったらまず自分が稼がないといけないし、手に入るものは手に入れないといけない。その順番を飛ばして「人のために」と言うから、口だけになる。
これ、悪いことだと言いたいわけじゃないんです。ただ、気づくのは大事だなと思って。そこに気づかないままだと、「なんで自分は人のためにって言ってるんだろう」が分からないまま、じゃあ実際に何がしたいんだっけ、というのも分からなくなると思うんですよ。
だからまず、自分の欲求を素直に受け入れる。お金が欲しいのは本当だし、欲しいなら欲しいと言う。そうやって動いた結果として人の役に立てたならそれでいいんじゃないか。順序が逆だったな、と思っています。きれいごとを先に言ったほうが、かっこよく見えますもんね。
ただ、欲求を正直に出すとして、そこにもう一つ要素がいるなと思っていて、それが「応援されるかどうか」です。
たとえば飲みに行って、「最近なんで稼いでるの?」と聞いて、全部自動で回してるから先月200万、250万入ったよ、と言われたとするじゃないですか。すごいなとは思うけど、応援できないんですよ。勝手にやっといてくれ、稼げなくなっても知らんわ、で終わってしまう。誰の役にも立ってないから、どうでもいい人になっちゃう。
僕も人のこと言えなくて、お金が稼げればいいやという時期がありました。YouTubeでコピペ動画を量産しまくっていた時期もあります。稼げた時期もあったけど、じゃあそれ応援されますか、と言われたら、されないですよね。
それに、自分の内々だけで完結している稼ぎ方って、相談もできないんですよ。先月30万いったけど来月も30万いくか分からない、どうしたらいいかな、って誰にも聞けない。人と絡むのも「この人は金になりそうか」という打算だけになっていく。だんだん不衛生になっていくんです、精神的に。そうなったら稼ぎ続けることのほうも続かなくなる。
いまは、神戸の会社が契約してくれているんですけど、神戸に用事なんてないのに、「ちょっと行く用事ができたんでご挨拶だけいいですか」と言って、地元のお菓子を買ってわざわざ行って、事務所で5分10分喋って帰る、みたいなことをしています。それが金になるのかと言われたら、たぶんならないです。無駄と言われたらそれまでです。
でも、お客さんから「助かってる」「こういうふうにもっとしていきたいから協力してくれ」と言われるようになって、ようやく役に立ててるなという感じがあります。同時に、もっとちゃんと成果を出さないといけない、という責任感もあります。自分に対していいプレッシャーとストレスがかかっているなと。
正直に言うと、僕はいまも「人の役に立ちたい」を本気で思えているか分かりません。どちらかと言えば、まだ「役に立つ人間だと思われたい」のほうが全然強いと思います。そこは嘘つけないです。
ただ、36過ぎて、ようやくその気持ちを、人の役に立つ形で外に出せるところまで持ってこれたかな、という感じはあります。気持ちのほうは汚いままでいい。出し先だけは間違えないようにしよう、と今は思っています。
現場からは以上です。