さいき

さいきのその日暮らしラジオ

がれきを捨てながら、会社員に戻ろうと思った

の放送

今回のラジオでは、2回目の自己破産のときに実際どうだったかを、弁護士さんの探し方から裁判所の中の様子まで、順番に10個話しました。費用の話とか、官報の話とか、細かいことはいろいろ話したんですけど、メルマガではそのうちの1つだけ、僕にとって一番深いところに刺さった場面を書きます。

建設現場で、がれきを捨てていたときの話です。

会社を潰すと決めて、連帯保証がついていたので法人も個人もまとめて破産することになりました。弁護士費用は、お世話になっていた経営者の方が出してくれました。法人と個人を一気にやって50万ちょっと。紹介だからと割引いてもらって、しかもそのお金を僕は自分で用意できなかったので、その方に貸していただいて払いました。破産するのにお金がいる、というのは自分がその立場になるまで考えたこともなかったです。

で、手続きの間はその経営者の方の会社で仕事を手伝わせてもらって、給料25万くらいもらっていました。でもそれも1ヶ月2ヶ月で「もう仕事ないわ」と。弁護士費用も貸したってんねんから、という感じで、建設会社を紹介されました。30万くらい出してあげる、という話だったんですけど、実際は30万ももらえなかったです。

そこで2ヶ月半、働きました。

大工さんですらないんですよ。僕がやっていたのは現場の補助です。掃除をして、がれきを捨てる。それまでの僕の経歴で言ったら、絶対に行かないような場所でした。

正直に書きますけど、僕は「ちょっと賢い」とか「パソコンをポチポチやるかっこいい仕事」とか、そういうのに憧れて生きてきた人なんです。大学に行って、東京に出て、どこかの会社に入って出世しようと思ってバリバリやっていた過去がある。その全部と何の関係もない場所で、ほとんど日雇いのような形で、がれきを運んでいる。

ここまで落ちてしまったんだな、という感覚がありました。

仕事自体はかっこいいと本当に思っているんですよ。紹介してくれた経営者さんにも、僕なんかを雇ってくれた大工の社長さんにも感謝しています。今でも付き合いがあるし、今も一緒に仕事をさせてもらっています。でも、あのときの僕の中に生まれていた感覚は、感謝とは別のところにありました。もう自分が落ちるところまで落ちた、という感覚です。

そして、これが2回目でした。

1回目の個人再生のあと、地元でトラックの運転手のバイトをしていた時期があります。東京でズタボロにされて、借金を背負って実家に逃げ帰って、インターネットのビジネスで復活しようとしてちょっとしか稼げなくて、諦めて個人再生をした。でもその時点でも、プライドはまだめちゃくちゃ残っていたんですよ。残っていたけど、どうしようもないから友達に紹介してもらってトラックのバイトを始めた。時給何百円の世界で、月に8万とか9万とかしか稼げていない時期がありました。

そのとき一度、プライドは折られているんです。もう二度とこういう状況にはならないぞと思って、もう一回奮起してインターネットのビジネスを始めて、月収400万とか500万とか700万とか、何回か行ったことがあるくらいにはなれました。それで法人化もしました。

で、6年くらい経って、また破産して、またがれきを捨てている。

2回目のプライドへし折られです。

そこで僕は、「もういいわ俺」と思ったんですね。かっこつけるのやめよう、と。ゼロにはならなかったです。100あったとしたら、20くらいにはなりました。でもその80が削れたことで、何が起きたかというと、ずっと絶対に嫌だと思っていた選択ができるようになったんです。

もう一回、会社員をやろう、と思えたんですよ。

プライドがバチバチだった頃の僕は、会社員なんか戻るかよ、あんなもん、自分一人でやるんじゃい、というマインドでした。でもそれでうまくいかなくなって、結局破産している。結婚もしていて子どももいる。そんなことを言っていられる場合じゃなかった。

だから転職エージェントに何十人と声をかけて、転職活動をやりました。建設現場で働いていた2ヶ月半は、同時に転職活動をしていた2ヶ月半でもあります。なぜ2ヶ月半で現場を辞めたかというと、就職が決まったからです。

それで入った会社が、建設会社向けのソフトウェアを作って売ったり、コンサルティングをしたりしている会社でした。たまたま建設現場で働いていた僕が、たまたま建設会社を支援する会社に入った。今振り返ると全部つながっているように見えます。まあそれは僕の勝手な解釈かもしれないんですけど、ポジティブに考えたほうが面白いじゃないですか。

あのとき失敗していなかったら、僕は会社に戻れていないです。戻れていなかったら、もっとやばい失敗をして、本当にどうしようもなくなっていたかもしれない。会社に戻りたくない、程度のプライドを捨てられたから、できることが増えました。今は建設業向けのサービスを作る仕事をしていて、普通に生活できるだけのお金が入ってきて、平日にも自由な時間がそこそこあります。

ひとつだけ補足しておくと、破産寸前の頃、僕は占いとかスピリチュアルとか哲学とか、そういうものをめちゃくちゃ求めていました。人って、肩が凝ったときにしか整体に行かないじゃないですか。それと同じで、人生がうまくいっていないと思ったときにしか占いには行かないんですよ。お金もないのに行きまくりました。図書館は無料で本が借りられるから、怪しい本もたくさん借りました。貸し出し履歴、たぶん変な本だらけだと思います。

で、ああいうものって、わりと都合よく「今のままでいいんだよ」と言ってくるんですよね。でも破産寸前の人間が今のままでいいわけがないんですよ。鬱にもなっていましたし。ただ、あれこれ受け取る中で、受け入れていいものと、これだけは絶対に飲み込みたくないもの、という分別が自分の中でついていった感覚はあります。僕が「絶対に受け入れられない」と思い込んでいたのは会社に戻ることで、本当に嫌だったんですけど、これは捨ててもいいプライドだと分別できた。だから捨てられました。

今は、占いは調子のいいときに受けるようにしています。肩が凝っていないのにマッサージに行く、腹いっぱいなのに飯を食いに行く、みたいな、逆のことをしてみているだけなんですけど。

あなたが今、何かを「絶対に受け入れられない」と思っているとして、それが本当に守るべきものなのか、それとも捨てていいプライドなのか。僕はがれきを捨てながらそれを分けました。順番としてはかなり遅いし、おすすめもしません。ただ、分けることはできる、ということだけは自分の体で確かめました。

現場からは以上です。