さいき

さいきのその日暮らしラジオ

8億で会社を売った同い年を見て、手が止まった

の放送

この前、Xを眺めていたら、同い年くらいの起業家の投稿が流れてきました。会社がうまくいって、年商が何億かあって、それを8億とか10億とかで売却しました、という話でした。1989年とか90年生まれ。僕と同じです。

それを見た瞬間、スクロールする手が止まりました。止まったというより、止めたくないのに止まった、に近いです。「同い年なのに、もうリタイアして何億も持ってるのか」と思いました。

で、正直に言うと、嫉妬しました。

こういうとき、たぶん多くの人がやるのは、見なかったことにすることだと思うんです。僕も昔はそうでした。一瞬だけ嫌な気持ちになって、親指を動かして、次の投稿にいく。下手すると舌打ちみたいなことをして、そのまま忘れる。コンテンツをちゃんと読まずにスクロールして流す。それで終わりにしてしまう。

でも、終わってないんですよね。気持ちは消化されないまま、体の中に残ったまま進んでいく。そして夜になって、自分は車も買ってないなとか、中古車に乗ってるなとか、金ないなとか、そういう方向に勝手につながっていって、自分を責めて、疲れる。あの疲れ方、本当に無駄だなと思うんです。何も生まれていないのに、確実に消耗してるので。

なので僕は、ある時期から嫉妬したら書くようにしました。嫉妬ログ、と呼んでいます。たいしたものじゃなくて、3つの質問に答えるだけです。

1つ目、誰に嫉妬したのか。
2つ目、何が羨ましかったのか。
3つ目、本当にそれが欲しいものなのか。

まず前提として、僕は嫉妬は悪いことじゃないと思っています。むしろ貴重なデータです。自分が本当に何を求めていて、どこに感化されるのか、それを教えてくれるセンサーだと思っています。普段は自分でもわからない。何が欲しいですかと聞かれても出てこない。でも嫉妬したときだけ、針が勝手に振れるんです。

なので、さっきの起業家の件も書いてみました。

誰に。同世代の起業家。
何が。会社がうまくいって、今時のSNSがどうとかマーケティングがどうとか、そういうので当たって、年商が何億もあって、それを8億とか10億で売却したこと。

ここまでは、まあそのままです。問題は3つ目でした。本当にそれが欲しいのか。

で、自分に対して、ひとつ想像をしてみたんです。仮に僕がいま、8億持っていたとします。ただし稼いだんじゃなくて、宝くじが当たったとか、ビットコインがめちゃくちゃ当たったとか、そういう当たり方で、同じ金額を持っている。同い年で8億。

想像してみて、どう感じたか。

達成感がないんです。

嬉しいは嬉しいと思います。でも、なんかこう、スカッとしない。むしろずっともやもやしそうだなと思いました。価値のある事業を作ることを経ずに得てしまったお金は、僕にとっては納得感がないんだな、と。

そこで気づきました。僕が嫉妬してたのは、8億という金額じゃなかったんです。売って8億の値段がつくような事業を作れる、その能力のほうでした。お金じゃなくて実績が欲しかった。そこまでの過程のストーリーを、僕は楽しみたいんだな、と。

これ、書かないと絶対にわからなかったです。頭の中では「8億いいな」で止まってる。止まったまま、自分の口座の残高と比べて、勝手に落ち込んで終わる。でも紙の上に出すと、自分が反応したのは金額そのものじゃない、ということが見える。嫉妬の対象が、思っていたのと全然違う場所にある。

同じことが、別のときにもありました。

登録者が10万人以上いるYouTuberの人を見たときです。これは嫉妬というより、すごいな、という感情のほうが強かったんですけど、近い感覚でした。毎回の再生回数が何万とか何十万とかある。イベントや企画を打ち出したら人が集まる。商品を売ったら物が売れる。すごいな、と思いました。

で、何が羨ましかったのかを掘ってみたら、影響力でした。自分が発信した言葉に対して、何万人、何十万人から反応が返ってくる。それがすごいと思った。

じゃあ本当にそれが欲しいのか。有名になりたいのか。

これも、違いました。僕が感じていたのは、自分の考えている思想を伝える手段が、自分にはまだまだなくて弱いな、ということだったんです。欲しいのは知名度じゃなくて、思想や考えを伝えて、人にアクションを起こしてもらえる実行能力のほうでした。

そこまで分解できたとき、じゃあメルマガで十分じゃないか、と思いました。

登録者10万人のチャンネルを作る方法を探しにいくんじゃなくて、いま手元にある、文章を送って読んでもらう、という手段を磨けばいい。欲しかったものに対して、やることが急に手の届く範囲まで降りてきたんです。

僕はこの作業を、降りる作業だと思っています。

嫉妬したまま放置すると、人は相手の土俵にそのまま上がってしまうんですよね。月収100万に反応したから、月収100万を目指す。8億に反応したから、8億を目指す。本当にそれが自分の欲しいものかを確認しないまま、他人の数字をそのまま自分の目標にしてしまう。これが一番しんどい。他人の物差しを、自分の物差しだと思い込んだまま走ることになるので。

でも3つ目の質問をすると、だいたい降りられます。たとえば月収100万の報告に反応したとして、掘ってみると、お金じゃなくて自由な時間が羨ましかっただけだった、ということがある。好きな時間に起きて、好きな時間に寝て、好きな時間に遊んで、それで回ってる状態が羨ましかった。だったら、よく考えたら月に30万もあれば十分かもしれない、というところに着地したりする。

100万が30万になる。これは諦めじゃなくて、自分の数字を自分で決め直した、ということだと僕は思っています。

僕も人生でいろいろ失敗してきて、自分に向き合わないといけない、きつい時間がありました。正直、向き合いたくない時間でした。嫉妬してる自分って、めちゃくちゃカッコ悪いじゃないですか。認めたくない。でも、まず受け入れてみる。嫉妬したな、と認識する。それだけでもう、だいぶ違います。

いまも僕はSNSを見て嫉妬します。それはなくなりません。ただ、嫉妬したあとに手を動かす先が変わりました。昔はスクロールしていた指で、いまはメモを書いています。誰に、何が、本当にそれが欲しいのか。3行です。

今週、誰かの投稿を見て一瞬イラッとしたら、その場でスクロールせずに、名前だけでもメモしてみてください。たぶんそこに、自分が本当に欲しいものが落ちています。少なくとも僕は、そこで拾ったものだけで、いまの生活の形を決めました。

現場からは以上です。