さいきのその日暮らしラジオ
数億円持った先輩が、サウナで病んでると言った
の放送
先日、夜の12時くらいに大学のサークルの先輩から連絡が来まして、スーパー銭湯行ってサウナ入らないかと誘われたんですね。深夜12時ですよ。で、行ってきました。
その先輩、ここ数年のことを僕は全然知らなかったんです。お父さんが薬局をいくつか経営していて、先輩はアメリカに留学していたんですけど、お父さんの体調が危ないということで帰ってきて、お父さんの薬局で働いていた。そのお父さんが亡くなってしまって、自分が社長を引き継ぐことになった。
でも僕らって普通に同志社大学の出身で、薬学部でもなんでもないんですよ。知識がない。結局、会社を売却するという話になったそうです。
その売却に1年以上かかったと言っていました。その間、すごいストレスで鬱にもなるし、めちゃくちゃ激太りもするし、過酷な1年だったと。
その話を聞いたのは、実はサウナの前なんですけど、同じサークルの別の先輩が亡くなってしまって、お通夜で数年ぶりにその人と会ったんですね。そこで「俺もここ数年こういう感じだったんだ」と聞かされて。
で、ご飯食べながら聞いていると、売却で現金はかなり手に入ったらしいんです。1000万、2000万じゃない、桁が一つ違うと。具体的な金額までは聞いてないですけど、たぶん2億、3億とか余裕で入ってるんじゃないかなと思います。
結婚して子供もいて、奥さんは結構有名なダンサーで、インフルエンサーでもあって、フォロワーもたくさんいて、奥さん自体が十分稼いでいる。先輩は会社を売ったお金が数億円ある状態で、奥さんが忙しいから奥さんのサポートと子育てに専念している。いわゆる主夫ですね。ここ1、2年はそういう生活だと。
僕は普通に「すごいですね」という話をしていたんですよ。イレギュラーな形とはいえ、数億円が手に入るって本当にすごい話じゃないですか。
でも先輩、病んでるんですよね。
鬱々というところまではいかないけど、いろいろ考えることがあったみたいで。
理由を聞いていくと、僕らが出た大学ってそこそこ賢い大学なんですよ。先輩は僕の3つ上なので、34、35歳くらい。その年齢になってくると、大学のときに一緒に遊んでた友達が、いい大学出てる分いいところに就職してて、出世もしてて、サラリーマンでも年収1500万くらいある友達がいる。Googleに入ってるやつもいるし、一部上場企業もいっぱいいる。
それを見ていると、方や自分は無職だと。
そう言うんですよ。数億円持ってる人が、自分は無職だと言うんです。
かといって今からサラリーマンになってバリバリ働くというイメージもつかないし、その意味もないと。お金は困ってないから。だけど気にしてしまうと。隣の芝生は青いじゃないですけど、他人と比べて自分が何を持っていないかを探してしまうと。
僕、この話を聞きながら、なんというか、ちょっと背筋が寒くなるような感覚があったんですよね。
だってこの先輩、他の人から見たら全員が羨ましいと思う側の人なんですよ。どんだけエリートサラリーマンが頑張って稼いでも、数億円をキャッシュで持つって、数十年単位の話か、てか普通に働いてたら無理ですよね。それをひとっ飛びで手に入れてしまっている。
そのポジションにいる人が、ないところばっかり探してるんです。
結局、人って本当に自分にないところばっかり探してしまうんだな、と。お金の量では解決しないんだな、と。これ、頭では分かってたつもりだったんですけど、実物を目の前で見たのは初めてでした。
で、なんで自分が病んでいるのかを、先輩がサウナに例えて言語化してくれたんですよ。
交感神経と副交感神経ってあるじゃないですか。副交感神経はリラックスしている状態、ぼーっとしている状態。先輩は、自分の日常がずっと副交感神経だと言うんですね。家にずっといるし、子供の面倒を見るとはいえ、ぼーっとしている時間がすごい多い。
対して交感神経は、興奮状態というか、刺激の状態、戦闘態勢みたいな状態。それが一個もないと。
人ってどっちも大事で、そのバランスがすごい重要なんだと。それが崩れてるんだと言っていました。
これ、僕はかなり刺さったんですね。
というのも、インターネットのビジネスとかでも、稼いで、稼ぎ切って、お金と時間の自由になりたいという人っていっぱいいるじゃないですか。それを達成したときに、人って副交感神経モードに入るわけですよ。もう俺は解放された、許された、ここまで苦労して頑張ってきたんだから、今はだらだら生活しても大丈夫だ、自分にはその権利があると、自分に許してしまう。
ただ、それって半年くらいで持たなくなるとよく言われるんです。僕自身も似たような経験があります。
人って、何かには取り組み続けていないといけないんですよね。ずっと何かに対しては戦闘態勢を維持しないといけない。
ただ、ここが大事なんですけど、それは一つじゃなくていいんですよ。何個持ってもいいし、一個に集中しててもいいし、コロコロ変わっても大丈夫なんです。
同じ一つの職業、同じ一つの職場でずっと頑張り続けるという時代はもう終わってるじゃないですか。キャリアはコロコロ変わっていいし、変わらないといけない時代になっていると思うんですね。
僕自身、これといってやりたい職業ってないんですよ。つきたい職業、やりたい仕事がない。
ただ、どういう状態でやりたいかというのは常にあるんです。日本の社会がどうなろうが、政治がどんだけ汚職してようが、消費税が何パーセントになろうが、自分は関係ないですよ、安全ですよ、自分の力で生きていけますよと。その状態が常に欲しい。
だから僕がやる仕事って全部手段なんですよね。お金を稼ぐためというよりは、自分の理想の状態を維持し続けるための手段。それが自分の生き方と直結しているから、今の仕事は自分にとっての天職かなと思っています。
でもこれもまた変わるかもしれないです。やっぱり実働だなとか言って、本当に1日2、3時間どこかで働くとかするかもしれない。
そういうふうに、自分の考えってコロコロコロコロ変わっていっていいものなんですよね。
人って、これって決めたものに対してずっと頑張り続けないといけないという呪縛にとらわれていると思うんですけど、僕らはその仕事をするために生まれてきたわけじゃないし、生きているわけでもない。
先輩が苦しんでいたのは、お金が足りないからでもないし、能力がないからでもない。たぶん、自分の中に「今これに向かっている」という戦闘態勢の対象が一個もなくて、その代わりに他人の肩書きを見る時間だけがあったからなんだと思います。ぼーっとしている時間が多いと、人は比べ始めるんですね。
僕はあの日サウナから出たあと、自分はまだ何かに向かってる状態でいられてるかな、と考えました。で、わりと向かえてるな、と思えたんですよ。やってることは地味です。中小企業の社長さんの、紙で溜まった領収書をどう楽に処理するかとか、その程度の話です。売上がドカンと増えるわけでもないし、うまくいってない案件もあります。でも、毎日ちゃんと頭を使う対象がある。
その地味さが、たぶん数億円より効いてるんだろうな、と。そう思っています。
他人が持っているものを数えるより、自分が今どこに向かっているかを一個だけ持っておく。それだけでだいぶ違う気がします。現場からは以上です。